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協会ブログ

半蔵門は表門だった!?

今年を振り返るのはまだ少し早いですが、今年読んだ本の中から印象に残ったもののひとつを紹介したいと思います。それは、『日本史の謎は「地形」で解ける』(竹村公太郎著・PHP文庫)という本です。

 

 半蔵門という名前は、1590年に徳川家康が江戸に入った時に随行した武将の一人である服部半蔵がこの門近くに居を構えたことに由来していることは、ご存知の方も多いと思います。そして、著者によれば、今はひっそりとした佇まいの半蔵門は、かつては、江戸城の表門だったというので驚きました。著者は、それを次の4点を挙げて説明しています。

1東海道、中山道、奥州道、日光街道は江戸城(現皇居)に直結しないが、唯一、甲州街道(都内に入ると新宿通り)だけが江戸城に直結していること。

2そして、この甲州街道(新宿通り)は尾根道であること。(街道の安全は最も大切な条件であり、どんなに雨が降っても浸水せず、頭上から敵が攻めてこないことという条件を甲州街道は満たしているとのこと。)

3江戸古地図では、甲州街道から見る江戸城の「御城」という文字が正立していること。

4大手門や二重橋は半蔵門と正反対にある低平地で入江を埋め立てた危うい土地であったこと。

 

「う~ん、今まで全く意識していなかったけど、そういわれてみれば、確かに、新宿

通りを挟んで平河町の全日東京会館方面は傾斜して下っているし、半蔵門郵便局側に

も傾斜して下っているのが今でも確認できるなぁ」と思わず納得してしまったのでし

た。そして、江戸時代の麹町周辺は一番町、二番町という番町地名に見られるように、

徳川幕府の親衛隊(旗本1番隊、2番隊、3番隊)の住宅地区であり、まさに江戸最

高レベルの治安空間にもかかわらず、この麹町周辺に討ち入り前の赤穂浪士16人が

潜伏していたということにも驚きました。

 

いま我々が働く平河町や麹町周辺は、昔はこういう所だったのかと思いを馳せると、

何だかとても不思議で、面白いなと思ったのでした。

 

(保証事業課N)

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