今回は、これまで続けている東日本大震災における復興支援活動・現在の状況についての取材事業の一環として、宮城県の社会福祉法人石巻市社会福祉協議会へ行って参りました。

先の震災でも大きな被害を経験し、その後の復興への活動でも度々メディア等で取り上げられている石巻におけるこれまでの道程について、お話を伺って参りました。
震災発生から6年と3ヶ月が経ち、従来の地域福祉活動と復興支援活動を、日常の中でどのように棲み分けているのかについて注目していましたが、今回取材を通じて復興支援は「棲み分けられた特別な活動ではなく、日常(従来)活動の一つとしてその存在は大きい。」と感じました。

≪「がんばろう!石巻の会」の方々を中心に門脇・南浜地区(石巻市南浜津波復興記念公園計画地内)に建立されているシンボリックサイン。公園造成の過程で、何度か位置は変更されているそうです。≫

≪「がんばろう!石巻の会」の方々を中心に門脇・南浜地区(石巻市南浜津波復興記念公園計画地内)に建立されているシンボリックサイン。公園造成の過程で、何度か位置は変更されているそうです。≫

≪同じく復興公園計画地内に設置されている献花台と団体事務所≫

≪同じく復興公園計画地内に設置されている献花台と団体事務所≫

 

【ご協力頂いた方】
〇社会福祉法人 石巻市社会福祉協議会 総務課 課長補佐 平塚 信一朗 様
〇社会福祉法人 石巻市社会福祉協議会 復興支援課 課長 渋谷 秀樹 様
【取材場所】
〇社会福祉法人石巻市社会福祉協議会復興支援課(旧石巻市総合福祉会館みなと荘2階)
〇住所:宮城県石巻市湊町一丁目1番9号
【訪問日時】
〇平成29年6月29日(木)13時~

■社会福祉法人石巻市社会福祉協議会(石巻市社協)の法人概要

〇設立:2005年4月1日
〇本所所在地:宮城県石巻市南中里三丁目11番1号
〇支所所在地:【石巻支所】石巻市南中里三丁目11番1号
【河北支所】石巻市小船越字山畑417-54
【雄勝支所】石巻市雄勝町小島字和田18-13
【河南支所】石巻市前谷地字黒沢前35
【桃生支所】石巻市桃生町中津山字八木157-1
【北上支所】石巻市北上町十三浜字吉浜266
【牡鹿支所】石巻市鮎川浜清崎山7
〇主な組織内容:総務課/地域福祉課/在宅福祉課/ボランティアセンター/復興支援課

社会福祉協議会は社会福祉法に位置づけられており、地域の住民やボランティア、保健、医療、福祉等の関係者、行政機関の協力を得て、ともに福祉のまちづくりをめざす組織です。

石巻市は、去る平成17年4月1日にこれまでの1市6町が合併し、現在の石巻市が誕生しました。この合併のより、社協も合併し、本所と6支所(河北・雄勝・河南・桃生・北上・牡鹿)の体制となりました。東日本大震災発生以降は、災害ボランティアセンターの運営や、応急仮設住宅入居者の生活支援なども含めた地域支援活動を行っております。
特に、社協をはじめ、NGO・NPOその他任意団体の有志の方々が石巻の復興支援のために震災発生後程なくして組成した、石巻災害復興支援協議会(※)における活動は、「石巻モデル」「石巻方式」と呼ばれ、災害発生時・復興における地域支援活動の新しい形として全国で注目されています。
※立上げ当初の名称は「石巻NPO・NGO連絡調整会議」。現在は、「公益社団法人みらいサポート石巻」へ改称。
【リンク】社会福祉法人石巻市社会福祉協議会ホームページ

≪駅構内に設置されている漫画家石ノ森章太郎氏ゆかりの漫画キャラクター像≫

≪駅構内に設置されている漫画家石ノ森章太郎氏ゆかりの漫画キャラクター像≫

≪JR石巻駅前のロータリー付近≫

≪JR石巻駅前のロータリー付近≫

 

■石巻市の概要と震災被災状況

①石巻市の概要
●石巻市の紹介
石巻市は、平成17年4月1日に1市6町が合併し、現在の石巻市が形成されました。福祉分野における地域単位は16地区に分かれており、昭和~平成の市町合併の名残を残し、それぞれの地区が文化や歴史的な背景を持っています。

伊達藩の統治下には、水運交通の拠点に位置する「奥州最大の米の集積港」として、全国的に知られた交易都市でした。明治時代からは、金華山沖漁場を背景に漁業のまちとして栄え、現在も、金華山沖は世界三大漁場の一つに数えられ、かつお・いわし・さばなどの水産資源の宝庫となっています。

また、平成13年7月23日には、石巻市が進めるマンガランド構想の中核施設となる「石ノ森萬画館」が完成しました。

●石巻市の人口等 【出所:市役所総務部 総務課統計資料/社協資料】

人口(平成29年5月末) 146,933人 人口(平成23年2月末) 163,602人
うち男 71,483人 うち男 78,758人
うち女 75,450人 うち女 84,844人
世帯数 61,233戸 世帯数 60,928戸
面積 554.58㎡ 面積 554.58㎡

 

②石巻市における被害状況【出所:石巻市総務部危機対策課被害状況公表資料】

●石巻市で被災された死者数及び行方不明者数

(宮城県及び宮城県警察による確定数を反映/平成29年5月末現在)

≪被災された死者数及び行方不明者数≫
地区 直接死 関連死 行方不明者
本庁 2,209 210 205
河北 402 14 42
雄勝 156 17 70
河南 12 11 5
桃生 6 3 1
北上 194 7 67
牡鹿 76 12 31
小計 3,055 274 421
その他 212 0 5
身元不明 11 0 0
合計 3,278 274 426

(単位:人)
*直接死は外国人登録者を含みます。
*その他とは、他市町村の方や石巻市で住民登録を確認できなかった方となっています。
*直接死とは、津波や家屋倒壊などが原因で亡くなった方です。
*関連死とは、直接死以外でこの震災が原因で亡くなり、災害弔慰金支給審査会等で認定された方です。

③石巻市における被害状況【出所:総務省消防庁・東北地方太平洋沖地震被害報(最新)】

●石巻市における住家被害

(消防庁災害対策本部による公表データを反映/平成29年3月8日現在)

全壊(棟) 半壊(棟) 一部破損(棟) 床上浸水(棟) 床上浸水(棟)
20,039 13,048 19,948 不詳 3,667
≪下記参考:宮城県内合計≫
83,000 155,129 224,202 不詳 7,796

 

≪復興公園計画地内に設置されている震災状況と公園整備計画の案内ボード≫

≪復興公園計画地内に設置されている震災状況と公園整備計画の案内ボード≫

 

■被災者等に対する居住支援の取り組み

震災発生以前、元々石巻市が指定した緊急一時避難所は100ヵ所程度でしたが、震災発生直後には、住民が自主的に開設した避難所(民家・葬祭場・物販店舗等)を後付け指定するなどして、259ヵ所に拡大しました。現在、緊急一時避難所は「津波避難ビル」、避難生活避難所は「避難所」と改称しています。

安定した生活の復興においては、震災により住まいが消失するなどで被災された方の居住支援は最も重要な施策の一つとなります。平成23年12月に公表された石巻市震災復興基本計画によると、市営住宅約1,700戸のうち約1/3近くの約500戸が損傷したと報告されています。それに関連し、同計画では公共供給・民間借上げ等含め、当初3,000戸の災害復興住宅を整備する計画がありました。

①応急仮設住宅の整備状況
宮城県の公表データ(平成29年5月31日現在)によると、石巻市内の応急仮設住宅は、プレハブ住宅分が7,297戸整備されており(入居者数4,061人)、民間賃貸借上住宅分が1,341戸整備されています(入居者数3,150人)。※戸数には解体済の322戸を含む
応急仮設住宅は、その名の通り緊急一時的な居住支援の措置ですが、震災後の復興状況を勘案し、国と宮城県が協議した結果、石巻市などの震災被害が大きかった自治体(災害援助法に基づき特定延長を必要とする自治体)では、住宅の供与期間を平成31年3月31日まで延長する事で合意がなされました。

②復興公営住宅の整備状況
石巻市の公表データ(平成29年4月「東日本大震災からの復興『最大の被災都市から世界の復興モデル都市を目指して』」復興政策部 復興政策課)によると、先の応急仮設住宅とは別に、新規整備から民間既存住宅の借上等様々な手法で、全体で4,700戸分の復興公営住宅の整備事業計画が進行中で、調査時点では3,712戸(115地区)の入居開始が完了しています。
今回社協の方からお話を伺ったところ、市街地における復興公営住宅の入居募集では、希望者が多く、抽選による入居決定を行っており、全市民の入居希望を達成できている状況ではない模様です。

③社協の行う被災者生活支援「応急仮設住宅等生活相談支援業務」
社協では、石巻市より委託を受けて、地域福祉コーディネーター・エリア主任・地域生活支援員を配置し、応急仮設住宅や復興公営住宅を中心に、相談支援・見守り事業等の業務を行っています。対象範囲は、仮設住宅や公営住宅等の集合住宅のみならず、民生委員等と連携して、一軒家等の既存の在宅で被災された世帯も含まれています。

■手探りの災害時支援から石巻モデルの成立ちまで

①震災発生前から活動していた災害ボランティアセンター(災害VC
社協では、石巻市と大規模災害時に対応する覚書を平成17年9月に締結しており、震災発生以前でも、関係団体等に周知を促すボランティアフォーラムの実施や、災害VC設置場所の協議を石巻市及び石巻専修大学と重ねていました。
また、災害情報収集用の無線設備を震災発生前の平成22年12月に、社協本所及び6支所に設置しておりました。この様な流れを経て、当初災害VC設置場所の協定書調印を年度末の平成23年3月30日に行う予定でした。

②震災発生から石巻市災害VC設置に至るまで
運命のいたずらで、市や大学との災害VC設置の調印を半月後に控えた平成23年3月11日の金曜日に震災は発生しました。しかし、これまでの組織を超えた地域での災害対応に対する協議が、その後の石巻モデルを産出す礎になりました。
震災発生当日、社協が行った事は、先ず職員の安否確認でした。交通手段が寸断された状況での行動には相当な障壁があったそうです。また、それと並行して、社協が関与する地域高齢者施設などの利用者の安否確認も行いました。残念ながら、震災により6名の社協職員の方が業務中に亡くなっております。
同日、社協職員総出で市との連絡調整や、全国の社会福祉協議会に連絡し災害支援を要請しました。その様な対応を経て、震災発生3日後の3月14日に市長から災害VCの設置要請があり、翌3月15日に「石巻市災害ボランティアセンター」が設置されました。前述の通り、震災発生以前から3者(石巻市・社協・石巻専修大学)協議を行っていた土台が功を奏し、災害VCは石巻専修大学を使用可能な校舎や駐車場・陸上競技場を借用することで設置し、そこには「本部」「総務班」「ニーズ班」「マッチング班」「受付班」「調整班」の各セクションを配置しました。職務には、支部を含め石巻市社協の全職員の方々が、当面の間通常任務を凍結した上で従事しました。

③NGO及びNPO等の支援団体との連携
災害VCの運営と言っても、初めニーズが何か専門職の方でも分からず職務に当たっていたそうです。そんな折、災害VC設置の準備段階からNGOの方々から支援の声掛けを頂いており、先ずは互いに情報共有・連携で協働する運びとなりました。
NGOやNPOとの災害時連携については、北部地震(平成15年7月26日発生の宮城県北部連続地震)の際にも社協内部でどの様に連携・行動するかの議論はなされていました。当時は、NGOやNPOなどのインフォーマルな組織にどこまで役割を担ってもらうかが議論の焦点であり、具体的な結論には至りませんでした。今回の震災では、これら一線を越え、一定のルール・管理の下、公的や民営問わず協働する横断組織を組成しました。これが石巻モデルと呼ばれています。
横断組織は、「石巻NPO・NGO連絡調整会議」として平成23年3月20日に正式に設置され、毎日19時に全員が出席し情報交換や連携の形について議論していましたが、震災の情報発信と共に参加団体が増加し、それに伴ってニーズも多くなっていきました。石巻災害復興支援協議会との連携、今回お話を伺った平塚さんも社協側として当時参加しました。横断組織活動における社協職員としての姿勢としては「参加団体の特性を理解し、一人で相談を抱え込まず、ニーズを各専門分野に棲み分けて、支援実施をどんどん皆に振り分ける。」事が大切としており、振り分けた後の案件の進捗管理がポイントだとしております。この横断組織は、後に法人格を取得して、現在は「公益社団法人みらいサポート石巻」として、震災の伝承・地域交流の促進・地域における防災教育の普及活動などを中心に、仮設住宅自治連合会への支援活動も継続しています。
【リンク】公益社団法人みらいサポート石巻ホームページ

④石巻市災害VCの実績とその後の組織活動
この様に災害VCは、社協全職員の方々の応急的な部署でしたが、その後連絡調整会議等の横断組織が機能的に稼働した事もあり、同部署は平成23年7月1日より「災害復興支援対策課」として専従部門を作り、その後の災害VC機能を引き継ぎました。
災害VCでは震災後の2年間で約11万件を超えるニーズ受入れを行っており、支援活動の実数は12万件を超えております(下記参照)。

【災害VC活動実績一覧(平成25年3月末時点)/社協データより】

受入総数 116,567名
活動実績 122,635名
活動件数 10,530件

その他補足として、国内においては47すべての都道府県からボランティアとして石巻市を訪れました。加えて、海外約20ヶ国からの支援も頂きました。具体的な活動内容としては、当初のニーズの瓦礫の屋外搬出から始まり、現在でも市内全域の応急仮設住宅入居者への巡回訪問(石巻市委託事業)などを実施しております。復興支援には、時間の推移と共に、ニーズにも変化が見られ、より専門性が求められてきております。

災害復興支援対策課は、平成23年12月1日に事務所を石巻専修大学から明友館(旧石巻市勤労者余暇活用センター)内に移転し、支援活動を行ってきましたが、明友館の閉所に伴い、二度目の移転を経て拠点を現在の場所(旧みなと荘2階)に置いております。平成27年4月1日からは、名称を「復興支援課」に改称し、災害時以後の平時復興支援も見据えた活動に取り組んでおります。

≪災害VCの支援活動の模様(石巻市社協「石巻市災害ボランティアセンター事業報告書/平成26年3月31日発行」より)≫

≪災害VCの支援活動の模様(石巻市社協「石巻市災害ボランティアセンター事業報告書/平成26年3月31日発行」より)≫

 

■地域福祉コーディネーター(CSC)の配置と支援の取り組み

地域福祉コーディネーター(CSC)とは、石巻市の地域福祉計画及び社協の地域福祉活動計画に基づき、平成25年度から社協に配置された地域福祉の専門職を指します。初年度は10名の方が配置されました。CSCは、応急仮設住宅・復興公営住宅住民への被災者支援業務や既存自治会も含めた新たな地域コミュニティ形成のための地域支援活動を行っています。

活動当初は、福祉専門職の人材獲得が難しく、他分野からの未経験者の方等を採用する必要がありました。そのためCSC自身が各種研修等に参加しながら地域内の連絡調整を中心に行って参りましたが、現在ではCSCの皆さんも一本立ちし、市の保健師やNPO等及び各担当地域内の自治会役員や民生委員児童委員とも連携した事業を実施しており、「各地域での福祉専門職」として幅広く相談支援等を行っています。具体的には、担当地区の地域住民からの相談事に対して適したサービス窓口・機関を斡旋する等の他、住民同士の交流を図る活動も行っています。
平成28年度からは、地区民児協単位(16地区)を基準とし、担当人口等を考慮して13名の方が配置されています。
一般的な地域福祉活動専門職を指す言葉としては、「コミュニティ・ソーシャルワーカー(CSW)」が使われますが、石巻社協ではWをCに改めコーディネート機能(現場における調整力)を重視しております。ここが、他とは違った特色と言えます。

 ■現在の課題と今後の活動

●課題はコミュニティの形成と地域内での調整
石巻市では、震災後135の応急仮設住宅団地が建設され、抽選入居の結果誕生した被災世帯は、応急仮設住宅団地だけでも7,000件を超えました。見ず知らずの土地で暮らすことになった住民同士のコミュニティ形成は容易ではなく、一部の団地で立ち上がった自治会においては、生活ルールの維持や孤独死対策に強い危機感を抱いておりました。
一方、復興公営住宅においても、同じ地域の既存居住者と地域に途中で転居して来た復興公営住宅の居住者間では、どうしても地域性や生活文化・習慣の違いなどの乖離が生じ、地域内での調整は簡単ではありませんでした。

これらの課題を自助により解決を図ろうとした取り組みとして、平成23年12月9日に5ヶ所の仮設団地を母体にスタートした「石巻仮設住宅自治連合会」は、「石巻仮設住宅自治連合推進会」と名称を変え、コミュニティ支援へ移行し、現在は事業部門を「一般社団法人石巻じれん」へ組織を改め、仮設住宅団地の居住者だけでなく、同じような課題を持った復興公営住宅の居住者も加えるべく、本部拠点を復興公営住宅(石巻市営新蛇田第一集会所)へ移転し、活動を継続しております。
社協では、CSCが中心となった生活相談支援事業において、これら課題解決のサポートを行っています。国や自治体の予算や方針が変化しない限り、この事業は今後も継続する予定です。

■東京都中央区との関係

石巻市と東京都中央区間では、役務提供物資調達等を目的とした「災害時時応援相互協定」を平成24年4月5日に締結しております。その様な縁もあり、石巻市社協福祉協議会と中央区社会福祉協議会の間での交流も盛んです。
その一環として、平成24年12月7日には日本橋公会堂にて、大槻常務理事兼事務局長(当時)が、基調講演を行い、石巻市社協による災害時支援活動の取り組みについてお話し頂きました。

≪JR石巻線・渡波駅に程近い「大宮町津波避難タワー」。最上部には自家発電用のソーラーパネルも設置されています。≫

≪JR石巻線・渡波駅に程近い「大宮町津波避難タワー」。最上部には自家発電用のソーラーパネルも設置されています。≫


≪震災遺構として一部が保存されることに決定した旧門脇小学校(現在は改修工事を控え外部はシートで覆われています)≫

≪震災遺構として一部が保存されることに決定した旧門脇小学校(現在は改修工事を控え外部はシートで覆われています)≫

文責:中央支部広報公益委員会